第5回まちづくり大会の実践活動発表会に連れていかれました。というのが本当の話だったのですが、この発表会で為になる「偉人」が居たことに驚きと感動を覚えました。これはみんなにお知らせせねばと思い、ご紹介します。
約400年前の用水路建設に尽力した、上野の「藤兵衛さん」です。以後、姓を「井元」と名乗れるようになった、大変な偉人です。フィクションではなく、史実に基づいた物語です。動画ではなく、pdf書類です。ご覧ください。
なお、ご質問など、ご連絡等は0778-47-2527「門間用水歴史伝承の会」様までお願いします。
池田町水海の2009年度田楽能舞と志津原の2007年度能面まつり
池田町水海の田楽能舞は「田楽と能の両方を合わせ持つ舞であり、現在でも、生きた形で、古い型が継承されており、芸能発達史上高い価値がある」という評価がなされています。昭和28年、「文部省選定無形文化財」に指定され、昭和51年、「重要無形民俗文化財」に指定されました。福井県内には数多くの民俗行事が各地に伝承されてます。重要無形民俗文化財の最初の指定は、この池田町水海の「田楽能舞」です。
建長2(1250)年、鎌倉幕府の北条時頼が諸国を行脚の折、池田の地を訪れました。ちょうど真冬であり、雪のため立往生し、やむなく水海の地で一冬を越すことになりました。そのとき、村人達は時頼を慰めるために「田楽」を舞って歓待し、時頼はこれに報いるために村人に「能舞」を教えたのが始まりとされています。
田楽4番 能舞5番 能面まつり
2009年度長浜子供歌舞伎
長浜八幡宮を中心に日本三大山車祭のひとつの「長浜曳山まつり」。
長浜曳山まつりは、豊臣秀吉公が長浜を治めたときから始まりました。
長浜八幡宮は、社伝によると1069年(延久元年)、源義家の要請により、後三条天皇が命じて石清水八幡宮を 分祀勧請したと言われています。由来書によると、秀吉公が源義家の後三年の合戦の凱旋の様子を現した「太刀渡り」を町年寄十人集に行わせたのが八幡宮の祭礼の始まりと記されていいます。その後、秀吉公が男子誕生の祝いに町人へ若干の砂金を送り、これを原資に町人達が曳山を造営し、八幡宮の祭礼に曳いたのが「長浜曳山まつり」の始まりと言われています。
豪華絢爛な山車は「動く美術館」ともいわれ、そのクライマックスを飾るのが「子供歌舞伎」です。5歳から12歳くらいまでの男子が衣装に身を包み、歌舞伎を演じます。その子供たちの名演技に、訪れる人たちの惜しみのない声援が耐えません。
平成21年度高砂山(宮町組)の蝶千鳥曽我兄弟(中村閑居之場)をご覧下さい。収録は2009年4月15日、長浜八幡宮です。
2008年度湯尾三十三ヶ所観音会
5月18日(日)は湯尾三十三カ所観音堂の祭事・観音会です。平成7年(1987年)にお堂を新しく立て直し、その中に仏像や観音像が安置してございます。近くの住民の方々が多数お参りになりました。
2009/11/1 第5回南越前町文化祭
今庄文化協議会30周年記念講演として、旧今庄町大門出身の写真家・土田 ヒロミ氏が招待されました。約50分の講演です。
ご覧ください。
土田hヒロミ 文化祭舞台発表

